自分を評価するのは自分以外の誰かである

自分の能力が正当に評価されないと嘆く人。
一方で、自身の能力以上の評価を受けている人。

誰だって思ったことはあるでしょう。
なんで、あの人は、なんで自分は、と。

「正直者が馬鹿を見る」ということわざがあります。
悪賢い者が得をする反面、正直者は正直であるが故に損をしてしまう。
といった意味です。

確かにそうだ、と思います。
ですが、それが全てではないのだとも思うのです。

真面目に仕事を頑張っている人、バレないように手を抜いて仕事をしている人
後者が、それこそ悪賢く立ち回り、両者の評価は同じに。
むしろ、悪賢い者のほうが、高い評価を受ける事だってあるかもしれません。

正直者は、それを理不尽だと感じることでしょう。

そして、こういった事は社会では特によくあることで、誰でも経験したことがあるはずです。
私も今までの社会経験の中で正直者のように理不尽を感じたこともあれば
悪賢い者のように、恐らく頑張り以上の評価を得たこともあると自覚しています。

では、どちらが正しくてどちらが間違っているのか。
悪賢く立ち回ったとされる者は、悪い人で
ただ真っ直ぐに正直に頑張った者は、良い人なのでしょうか。

一概には、言えないですよね。

正直者のような素直で真っ直ぐな部分も必要ですが
時には賢く立ち回る、いわゆる世渡り上手のよう能力も、必要だと思うのです。
当然、自分が良い評価を得る為に、他人の評価を落とすようなことや損害を与えるような行為は論外ですね。

重要なのは、社会の中では、自分の評価は自分が決めるものではありません。
自分以外の誰かが決めるものだということ。
正当な評価を受ける為には、しっかりと自信の能力、成果をみせていかなければならないのです。

評価を上げるも落とすも自分次第ではあるのですが、それはつまり相手がどう感じるか次第でもあるということです。

この記事を書いた人

M.Sugimoto

アートビズのサービスチーフ。幾多のアルバイト武者修行の経験があり、話題をふれば「あー、あの業界はですね」と現場の裏側を大体知っている。次から次へとやってくる業務に押しつぶされそうになりながらも、日々アートのサービスとお客様対応の品質向上に熱意を注いでいる。NBA(プロバスケ)観戦が趣味と。