バイト道vol.1~人生初めての営業

私、今までかなりの数のアルバイトをしてまいりました。
その一つひとつから得られた経験、知識、面白体験などをお送りさせて頂きます。

「バイト道」第1回は、今でも私の中で強烈に印象に残っているお仕事「消火器販売の営業」についてお話したいと思います。

まず、この仕事がセーフかアウトで言えば、確実にアウトな仕事だと思います(笑)

当時16歳だった私は求人情報誌を手に、何故か、全く経験のない営業のページをみておりました。目に入ったのは「株式会社103-イチマルサン(仮名)」という謎の会社。誌面の隅っこに小さく掲載されていたこの会社は、なんと「年齢経歴不問、日給1万円(昼飯付き)」という好待遇でした。高給のアルバイトを探していた私は、疑う事もなくすぐさま電話をかけ、面接へ行くことになりました。

面接当日、指定された住所には、お世辞にも綺麗とは言えない小さなアパート。「これは会社ではなく個人宅なのでは・・・?」と疑問に思いましたが、インターホンを押しました。

枯れた声の強面のおじさまが出てきました。中へ通され、座布団もない畳の上に座りました。

社長「君、よくきてくれたね、年はいくつ?」
「は、はい、16です」

そう言いながら履歴書を取り出そうすると

社長「うん、とりあえず来てくれただけで採用だから、明日朝6時に来てね」
「あの、履歴書・・・」
社長「ああ、そのへんに置いといて。君は消火器を売るだけだから。じゃあまた明日」

私は言われるがまま、事務所をあとにしました。当時の私は、怖いもの知らずだったのでしょう。

翌朝6時、事務所に向かうと早速車に乗せられました。助手席に乗った私はどこに向かうのか聞く事もできず、ただただ荒い運転による車酔いと戦っていました。

6時間近く経ったでしょうか。気づけば港町、ここは天草市牛深町(有明海に面した漁業が盛んな地域です)に到着。

車を降りると、ひとつのファイルを渡されました。中を開くと「消火器点検士」という、聞いたこともない名前と、私の写真(明らかに履歴書からはがしたもの)が貼ってありました。

社長曰く、ターゲットはご年配の方。
このあたりの家に訪問し、ファイルを見せながら「消防署の方から来ました」と伝え(※消防署の職員とは言っていない)、自宅に置いてある消火器を見せてもらい、古いものであれば、新しい消火器を売ってこいとの事。

値段は18,690円・・・何も知らない私でも分かるほどのぼったくり価格でした。

訪問先に若い人がいた場合は営業せずに早急に立ち去るように言われ、こうして人生ではじめての営業(?)が始まりました。

50軒ほどのお宅を訪問しましたが、売れる気配は全くありませんでした。私は早速、営業の難しさを身に染みて痛感していました。売り物は1本18,690円の消火器・・・「こんなもの誰も買うはずがない」「売れるはずもない」・・・そう思っていました。

更に20軒ほどの家を回ったときに、立派なおうちでお庭を掃除されている、おばあさまに声をかけられました。

「若いのに頑張ってるわね、私一人暮らしで暇なのよ、よかったら上がっていきなさい」と言われ、断る事もできずに、お宅にあがらせていただく事になりました。

消火器の方はまだ一本も売れていなかったので、焦っていた私は内心「困ったな・・・」と思いましたが、お宅に上がってお茶を出して頂いたあとは、おばあさまのお話し相手。どうやらご主人が先に亡くなられ、ご家族とも疎遠になりおひとりで暮らしているそうで、とても楽しそうに私にお話をされていました。

ひとしきり話を終えたところで、どうせ売れないだろうなと思いながらも、このおばあさまに消火器販売の話を切り出してみました。

おばあさまから返ってきた返事は意外にも・・・

「助かるねえ、ありがとう」

と、古い消火器を持ってこられ、お金を払おうとしてくれました。私は「やっと1件売れた」という嬉しい気持ちの中で、何か引っかかるものを自分のなかに感じました。この消火器の値段がぼったくりの金額なのはよく分かっていましたし、何故買ってくれるのだろう?と。

お金を受け取れずにいる私を見て、何かを察したのか、おばあさまは「持っていきなさい」と私の手にお金を握らせて、こう言いました。

「久しぶりに孫に会った気分になれたし、とても楽しかったわ。その分のお金よ」と。

時刻は、夕方16時。
私は、古びた消火器を手に、集合場所に戻りました。

結局のところ、この仕事を続けて行ける気がせず、数日後には退社しましたが、私が人生ではじめて経験をした「営業」というお仕事。

商品が何であれ、値段がどうであれ、人がモノを買うという行為において、最終判断を下すのは「気持ち」なのだと知りました。

この「気持ち」をいかに動かすか、が一番のキーポイントですが、数多くのお客様にとって「気持ち」が動くポイントは、さまざまです。値段で気持ちが動く人もいれば、機能性に惹かれて商品を購入する人もいます。

あのとき消火器を購入されたおばあさまの気持ちを動かしたのは、消火器の値段でもなく、機能性でもなく、私がお話にお付き合いしたことによる「信頼」やお礼の気持ちから来たのだろうと、今振り返って思います。

玄関先で、淡々と営業をしていただけでは、おそらく断られていたでしょう。売り手も気持ちをこめなければ、いかに良い商品でも、その良さは正しく伝わらず、売ることができないものだと思います。

「値段」「機能性」「信頼」、これらは買い手の「気持ち」を動かすためのひとつの手段なのだと知りました。

この記事を書いた人

M.Sugimoto

アートビズのサービスチーフ。幾多のアルバイト武者修行の経験があり、話題をふれば「あー、あの業界はですね」と現場の裏側を大体知っている。次から次へとやってくる業務に押しつぶされそうになりながらも、日々アートのサービスとお客様対応の品質向上に熱意を注いでいる。NBA(プロバスケ)観戦が趣味と。